緒方エッグファームのしってほしいコト

これまでのあゆみ

~1965

農業が盛んな合志地域
代々この地に根付く

前列左:緒方家曽祖父-地元生産者組合集合写真後列左:緒方家祖父-地元学校にて

この地域は昔から農業が盛んで、私で13代目になる緒方家の自宅には蚕を飼育する竹編みや米蔵、防空壕が今も残っています。
隣接する旧分家では造り酒屋を営んでいました。現在は、大きな古井戸と鬼瓦が残っています。

祖父、祖母は、終戦後の農地解放でこの地域で営むことのできる農業を片手間で始めながら、緒方家12代目の父が受け継ぎ規模を少しづつ大きくしていきました。
当時は、養鶏と米、栗、筍と四季ごとに竹林や栗畑、市場へと手伝いに行ったことを憶えています。

1965~

緒方養鶏場設立
丸ノコで手作りの鶏舎

当時の自衛隊の隊舎の廃材を丸ノコで切り手作りで建てたものです。今もその当時使用した丸ノコが残っています緒方家父昭和40年現在の場所に鶏舎を建てたのが父と母が叔父や叔母です緒方エッグファームの鶏舎は、田園に囲まれた小高い竹山の上に建っていおり、竹林から吹き抜ける風はとても心地良く、緑豊かな環境の中にあります

養鶏を最初に始めたのは、祖父になります。
当時の自衛隊の隊舎の廃材を利用して、丸ノコで切り手作りで建てたようです。

今もその当時使用した丸ノコが残っており、私も幼い頃から中学生のころまで手伝いに来ていたことを覚えています。

自宅の敷地内で孵化場、育成場、成鶏舎とひと通りのながれを備えていました。
今でいう庭先養鶏の始まりようなものだったのではないでしょうか。私も竹で作った鶏舎の写真を見た記憶があります。

そして、現在の場所に鶏舎を建てたのが昭和40年、父と母が叔父や叔母とともに建てたと聞いています。
緒方エッグファームの鶏舎は、田園に囲まれた小高い竹山の上に建っていおり、竹林から吹き抜ける風はとても心地良く、緑豊かな環境の中にあります。

~1990

航空機整備から養鶏へ
何もわからないままのチャレンジ

緒方エッグファーム-鶏舎の様子養鶏へのチャレンジ

私は長男でしたが家業は継がず、約10年間航空機整備をしていました。
その後5年間農業機械の販売メーカーの営業技術員として、色々な農家を訪問し「もしも自分で養鶏をしたら、自由に思うようにできるのでは…」と考え始め、家業の養鶏へと就くことを決断しました。

しかし現実は厳しく、畜産について勉強したことのない私は、何をしていいのか全くわからずただ父に言われるがままに毎日仕事を続けていました。
そんなある時、大きなトラブルにみまわれ近所からのクレームと、行政から立ち入り検査がありました。
当時(20年前)の私は、何をしていいのか、誰に何を聞けばよいのかもわからないまま、ただ時間ばかりがすぎていました。

卵の自動販売機を設置農場での卵販売

順調とは決して言えない出だしでしたが、その後、市内に3箇所の自動販売機を設置し、温泉施設や物産館、また私の農場の小さな店舗での販売を始めました。

しかし、朝の点検・餌やり・たまごひろい・配達・餌ならしの作業と、毎日同じことを繰り返し、“思いを開花させる階段”の一歩を上がることがなかなかできない日々を送っていました。
思えば、この数年間は、1人で鶏舎の環境・管理・配達を毎日休み無くこなし、想い描いた理想とはかけ離れた現実におし潰されようとしていました。

1990~

3万羽から1万羽へ!
高品質で高単価なたまご生産へのチャレンジ

高品質で高単価なたまご生産へのチャレンジ鶏1羽1羽に目が届くようになり、餌や飼育環境の改善を行い、鶏を健康に育てるという私たちの目的が少しづつ実現

当時養鶏業界では、バブル崩壊後の規制緩和による厳しい価格競争の経験から、私たちのような小規模な養鶏場が生き残るためには、高品質で高単価なたまごの生産しかないと考えました。

私が跡を継いだ20年前から徐々に、それまでのいた飼育数3万羽を1万羽へ大幅に減らしました。
そうすることで、鶏1羽1羽に目が届くようになり、餌や飼育環境の改善を行い、鶏を健康に育てるという私たちの目的が少しづつ実現していきました。

その結果品質の高いたまごを生産できるようになりました。
販売も少しではありますが、増えつつありました。

2000~

ひらかれた農場へのおもい
消費者に見える農場への転換

地元小学校の子供たちが農場体験できてくれました子供たちは真剣に興味と好奇心をもってたくさん質問してくれます。小学校へ外部講師として招待いただく機会もたくさんいただきます。

そんな時、以前よりなんとなく思い描いていた消費者とつながりのある農場を作る決意をしました。

緒方エッグファーム
2012年4月からは、小学校教諭をしていた妻が退職をし、農場を手伝ってくれることになりました。
それまでは、休日にしか行えていなかったお菓子作りを少しづつ日常的に進めていく体制が整ってきたきました。

緒方エッグファームスタッフ集合写真2018

その後パテシエの学校から新卒の社員を雇用し本格的カステラの製造を進めていきました。
たまごの方も、竹林かぐや姫たまご、オメガ3ナチュラルエッグもそうした私たちのたまごづくりの思いが結集したものに近づいていきました。

2010~

日本初!ブルーブランクール協会認証
ブルー・ ブラン・クール(仏)との出会い

ブルーブランクール研修で訪れた牛舎が全く臭くありません。フランス訪問の写真です。 今回も、大変勉強になりました。フランス ブルーブランクール(BBC)の酪農家さんです。ブルー・ブラン・クールのピエール会長、ルグラン氏が来日。ヘルシーファーミングプロジェクトに取り組んでいる生産者を訪問

2010年、F2C(フレンチフードクラスター)来日した際、フランスの食品クラスターのブルー・ ブラン・クール*が提唱する「家畜の健康、人の健康、地球の健康」をコンセプトとしたヘル シーファーミング*の考え方を知り、私は翌年フランスを訪問。
農家、スーパー、企業が、確信をもってヘルシーファーミングの考え方を取り入れている姿を目の当たりにし大変共感しました。

良質な食品を供給するために定めたヘルシーファーミングプロジェクトの品質規準を基に、 飼料と卵の定期的な検査・分析を始めました鶏の飼育環境の整備、四季の変化に応じた飼料の設計にさらに工夫を加えています。日本の食 文化に合うたまごとして品質向上を目指します。

2011年に九州地域バイオクラスター推進協議会とフランスの食品クラスターのブルー・ブラン・クールの提携によりヘルシーファーミングプロジェクトがスタートすると、私はメンバーとして参加し、良質な食品を供給するために定めた同プロジェクトの品質規準を基に、 飼料と卵の定期的な検査・分析を始めました。

その後もブルーブランクールとの交流を深め、飼料設計の変更を何度も重ねた結果、 2014年、必須脂肪酸を豊富に含むオメガ3ナチュラルエッグがの生産にこぎ着け、販売を スタートしました。

平飼いの環境で健康な鶏ストレスのない平飼いの環境

今後も鶏の飼育環境の整備、四季の変化に応じた飼料の設計にさらに工夫を加え、日本の食 文化に合うたまごとして品質向上を目指します。
今後は地元の農家とも協力し、良質な飼料生産ならびに供給体制の整備、良質な肥料としての鶏糞の再利用など地域の自然環境や農業の発展にも貢献できる養鶏のあり方を模索していきたいと考えています。

ブルーブランクール日本初認証

小さくて可憐な花を咲かせる亜麻。成熟した亜麻の種子には、オメガ3脂肪酸が豊富に含まれています。
私たちは、フランスのブルーブランクール協会の“亜麻種子を食べた鶏は健康になる”という取組みに賛同し、亜麻種子を由来とした飼料をブレンドし与えています。

フランスでの彼らとの交流で得た知識を活かし、日本の養鶏に合わせて試行錯誤を繰り返し、ブルーブランクール協会の日本初認証をいただきました。

ブルーブランクール 亜麻

ブルーブランクール  フード健康アイランド九州

* フランスのブルーブランクール協会とは

ブルー・ブラン・クールは、持続可能な農業の発展の形として、亜麻種子の機能性成分オメガ3に着目し、「人の健康、家畜の健康、地球の健康=ヘルシーファーミング」をコンセプトに、健康的な取組みから生まれる商品の市場形成を目指したフランスの食品産業クラスターです。フランスを中心に5,000以上の農家が現在所属しており、消費者との約束として、生産物に含まれる油脂のバランスを、ひとつの指標として、基準値に到達しているか定期的に分析を行うことで品質の管理を行っています。承認商品は現在EU全体に流通しており、オメガ3ブランドが確立され、このロゴマークの入った商品が店頭に並んでいます。

* ヘルシーファーミングプロジェクト

「人の健康、家畜の健康、地球の健康=ヘルシーファーミング」をコンセプトにしたフランス食品産業クラスター ブルー・ブラン・クールと九州地域バイオクラスター推進協議会との国際連携により実現したプロジェクトです。 詳しくは、九州バイオクラスターのホームページをご覧ください。

>> https://french-omega3.com/projects/

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